エッセイのページ                 滋養と強壮にミネラル・エッセイ

「のんびり行こうよ」 今よりずっと豊かな日常を送っていたのではないだろうか
「人目を気にせず、そんなこと!」 これも一興
「変な地名」 怪しい名前
「ライブと映画」 酒のせいで寝ていたのかな?
「古門前通り」 ブラブラと覗いて回りたい
「がんばれ地方自治」 宮崎のセールスマンになる
「今どきの季節感」 各地でそれぞれに季節の風物詩が繰り広げられる
「団塊が社会に戻る」 Iターン、Uターンなどで、農業従事者が増えるのではないか
「イルカはおちおち眠れない」 自主ルールを守らないと・・・
「日本人には日本の文化」 健康食の世界チャンピオン
「築70年の民家にジャズ」 本物は人の心に響いてくるのだ
「平手打ち51発の刑」 法律以前に人を律するものがあり、それを守る長老たち
「ユーモア命」 深刻なテーマでも、どこかに笑いがある
「子や孫に伝えたい物」 どんな価値観や文化を残していくのか
「酔いを覚まして」 大丈夫だと思ったのに・・・と困惑
「人類みな同じ」 何事も個人次第なのだ
「いまどきのモラル」 大人のモラルが低下している
「執事喫茶でアルバイト」 お帰りなさいませ、お嬢様。
「久しぶりのニューヨーク」 19年ぶりは、浦島太郎の世界ではないのか
「メンタルトレーニング」 大口をたたくことは自己暗示の一種
「ロハスな暮らし」 Lifestyles of Health and Sustainability
「2千万円文学賞」 てっとり早く高額賞金で
「またまた団塊のこと」 あの頃のような輝きを取り戻してほしいそうだ
「テストをテストするテスト」 「不公平」をなくせないか
「昔ながらの講釈場」 講釈復興への熱い思いをぶつけて実現するイベント
「落語家になりたい」 第二の人生として
「団塊の退職金が50兆円」 なんともお節介な話である
「レトロな気分」 独特なムードが漂っている
「ひとごみに思う」 1億数千万人もひしめいているんだから
「所変われば」 違いを楽しむ世界でありたい
「女性の気を引きたい?」 要求され断れなかった・・・
「いたずら坊主はどこ行った」 発想が天才的
「涙もろくなってきた」 つい目頭がウルウルしてくる
「下町・駅前リターンズ」 空洞化に悩む行政や商店主たちの期待が大きい
「離島の子らにエールを」 のびのびと、自分たちの野球をやってほしい
「勝手に関西世界遺産」 関西ネイチャーでないとわからないものが並んでいる
「スカイマークも神戸も」 しっかり高いレベルをキープしてくれないと
「貧乏チルドレン」 資産ゼロ
「バレンタインは・・・」 イベントを楽しむ「程の良さ」
「客寄せ大作戦」 開港効果を狙った誘致合戦にしのぎを削っている
「耳あかのタイプ」 しっとりネバネバタイプか、パサパサドライタイプか
「ビッグイッシュー」 働くことで収入を得る機会を提供しようというもの
「雪下ろし」 何もできないのが歯がゆくて仕方がない
「男の化粧」 色気づいてきたようだ
「脚を高く上げて」 腕を振って脚を上げて
「武士道にも介護休暇」 「武士や武家社会の価値観」に対する憧れ
「映画館へ行こう」 たまにやってみると、また続けてしたくなること
「上空でエンジン停止とは」 とうとうここまで来たか
「電話帳の話」 電話帳に載せない人が増えてきた
「子供専用タクシー」 ごく普通の、そこらの子供を対象にしてのものなのだ
「シニアタレント」 今からでも遅くはない
「自然の中で憩いたかったが」 緑の木陰で、風に吹かれて本でも読もう!
「自然の猛威は女性のイメージ」 カトリーナとリタ
「やぶさめに女性射手登場」 おきてやぶりのかいがあった
「吾唯足知」 食えればいいだけだから
「マルチプルな社会なら」 何でもありのまさに「マルチプル」
「のんびり行こう」 「安全に」、ということが大前提
「涙もろくなってきて」 ウルウル、ウルウル、ウルウル
「花火は楽しい」 全国各地で自慢の花火がある
「がんばれ野茂」 中年の星
「見えるところまででいい」 さて見た方がいいのか悪いのか?
「こち亀の石碑」 友情の大切さを描いた場面
「好きな物を好きなだけ」 わかっちゃいるけど
「コロンビアの100円ショップ」 日本の素晴らしいもの
「女性の神経」 とうとう彼女は終着駅まで姿勢を崩さなかった
「ムシキング」 カブトムシ、クワガタムシなど甲虫同士を戦わせるというゲーム
「携帯電話の進化と文化」 言葉は生き物で、意味や使われ方がどんどん変わっていく
「披露宴テーブル数を規制」 違反者は罰金などの処分を受けると制定された
「記憶の押入れ」 ついさっき考えついたことが、もう何だったかわからない
「時はうつろいやすく」 天下のサイモンとガーファンクルだぞ!
「人のふり見て」 通り過ぎていく人たちの態度にも驚いた
「日本が小さくなっている?」 浦島太郎気分になってしまった

「理想の社長はホリエモン」 「あぁ小市民」
「ホリエモンの春」 「海賊になろう」
「車内アナウンス」 「春が待ち遠しい」
「悪人は強し」 「電車のおやじと男と女」
「何でも稼ぎにするパワー」 「ボブ・マーリーのように」
「アメリカかぶれ」 「粉もん」
「間がいいね」 「育毛剤は伸び盛り」
「天然の元気と輝きで」 「精神力」
「そばの花」 「ご先祖さま」
「喜怒哀楽を表に出そう」 「焼酎の『芋派』が4年で3倍に!」
「年寄りのパワー」 「どこまで進むか温暖化」
「異星人のカラオケ」 「備えよ、動けよ、政府と企業」
「球団オーナー続々辞任」 「社会貢献に貴賤の別無し」
「歌えば天国」 「胸のすくよな女性だったが」
「イチローのこと」 「内燃機関」
「娘の交通事故」 「東大まで行きながら」
「うっかり者」 「淡々と生きる」
「21世紀は女性の時代」 「いつまで続くかわからないが」
「ナンバ」 「熱中症」
「ロバートキャパ」 「新幹線で急病人が発生」
「ポケットティッシュ」 「団塊の世代がいなくなれば」
「電車のアナウンス」 「南大東島の思い出・PARTU」
「南大東島の思い出」 「スローなアイランド」
「無精ひげ」 「マラソン」
「道の先、空のふもと」 「おぼろ月夜でも元気」
「ボケるということ」 「回転寿司今昔」
「ドアのそばの男」 「麺食いの料理」
「歌声喫茶、高らかに」 「世界と戦え日本人!」
「歳寄りは面白い」 「鉄道のビデオ」
「セブンイレブンのCM」 「スローライフ」
「祇園でお茶屋遊び」 「若者たち」
「宮崎酒肴」 「正しく理解されるだろうか」
「シンガポールでガム解禁」 「理想的庶民生活」
「絶対鈍感」 「フリーターで損失年間12兆円」
「大病院へ行って来た」 「鼻歌は減点?」
「新幹線で驚いた」 「けっこうな山登り」
「お気に入り」 「御堂筋パレード」
「『,』か『.』か」 「公金って簡単に使えるんだ」
「携帯で読書するか?」 「ローレライ」
「虫がくったお茶」 「虎と鷹」
「関西の秋祭り」 「夏の想い出、もんじゃ焼き」
「ウィルスどんどん」 「鳥の巣箱」
「プールでのんびり」 「島国根性というか」
「超遅れている通信関連」 「もう団塊の世代は要らないか?」
「夜中の火災ベル」 「古き良きもの」
「大人と子供」 「噂のパワー」
「酒飲みの独り言」     
「海外旅行」 「なんちゃってアウトドア」
「こわくてうれしいモノレール」 「大卒の専門学校生」
「中之島まつり」 「ミスから生まれる桃太郎」
「アメリカ・アメリカ」 「テレカが減ってきた」
「人類みな兄弟」 「母校がなくなる」
「馬鹿な大将」 「勝ち組と負け組」
「中庸という思想」 「ダイ・ハード親父」
「携帯で写真を」 「自分のペースで」
「ペースメーカーが教えてくれるもの」 「旅と風呂」
「エスカレーターについて」 「まだまだいけるぞ!深夜バス」
「温泉はいいねぇ」 「小さな感動の夜だった」
「冬がくれる贈り物」 「子供のブーツ」
「フリーマーケットで、民族を考えた」 「深夜映画は面白い」
「長距離バスに乗るおばあさん」 「31アイスクリーム」
「サービスと言うこと、名と実のギャップ」 「メダカのサッカー」
「ハリー・ポッター」 「ゴッドファーザーと小学校」
「雑草と少年のいのちの強さ」 「祭りに生きる人生もいいな」
「子どものために何をするべきか」 「誇大広告に大笑いの朝」
「その昔」 「男一人、秋刀魚を焼いて」
「老後の楽しみ」 「一億円を1年で使い切る」
「胡散臭いガイド、時々もの書き」 「夏休みの定番におつきあい」
「花火がドン」 「島国に生まれてはきたものの」
「金本位制」 「難しいことは優先して」
「ツバメが飛んでいた」 「元気でお茶目なおばちゃんは・・・」
「拾った犬を捨てられて」 「いつかくるその時」
「嵐山レディースホテル閉鎖」 「ツバメの巣を見つけた」
「片瀬江ノ島行き」 「楽しめる、役に立つ同窓会」
「100円ショップマニア」 「外来種に滅ぼされるもの」
「スター不在の時代だね」 「スポーツというもの」
「自然牧場で心地よく遊んだ」 「新生語」
「それほどの大和男の子ではないけれど」 「人の情は22世紀まで残るのだろうか」
「馬鹿の勝ち」 「君に、ついて行こう」
「世界がもし100人の村だったら」 「たった四杯で・・・・」
「がんばれ!群馬県世田谷区」 「米はいつでも側にある?」
「散歩道は大騒動」 「愛のうた・・・だって」
「迷い犬」 「散歩で子供に教えられ」
「開き直って生きるべきかも」 「年の瀬や水の流れと人の身は」
「ほのぼのクリスマス」 「鼻歌ベストテン」
「分かれ道はどこにあったのか?」 「ハリーポッター報道に喝!」
「くいしんぼのひとりごと」 「紅葉を10倍楽しむ方法」
「エリートは大変なんすから」 「大人になったなと感じる時」
「そのまんま日本人」 「心の実り、心の収穫」
「かみさまへのてがみ」 「めぐみの秋、うれしい季節」
「ニューヨークの惨事に思う」 「大牟田のバス運転手」
「ガマダスしまばら」 「メールは敵だ!」
「食べることへの情熱」 「AI、必要なスパンとは」
「げっぷとおなら」 「子供ができたら禁固8年」
「わかっちゃいるけど」 「閻魔大王の話」
「好きな人に、好きなことを」 「緑ゆたかな国に生まれて」
「贅沢について」 「日常の悩み・不満なんて」
「変わっていないと、変わっていかないと」 「もしも無人島で・・・」
「ゴールも幸せであるために」 「ホームレスの禿、ワニの虫歯」
「DSJ」 「広島焼き」
「お客様は神様です」 「付和雷同・唯々諾々」
「北国の春はのんびりと」 「北国の旅の恥と味」
「根性」x「アイデア」x「運」 「地方から、元気になろうよ!」
「春近し、隣は何をするひとぞ」 「もうすぐ、は〜るですねぇ」
「ハエの2倍だけ?」 「恋や遊びは優先事項」
「老いを積極的に過ごす発想」 「共に生きるということ」
「地球のためにできること、子供のためにできること」 「まず人であること」
「未来と自分は変えられる」 「人生、いつも真っ盛り」

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 「のんびり行こうよ」      Tom

 乗り物のスピードは、その国の生活スピードに比例するらしい。今の生活リズムとは、全く違う江戸時代の日本。徒歩での移動が基本で、長距離の旅行でもテクテク歩いて出掛けていった。
 江戸で起こった事件が、クチコミで京・大坂に伝わるには数日〜数ヶ月かかったことだろう。なるほどわかりやすい比較だ。
 名古屋の「ロボットミュージアムin名古屋」で、米国で「夢の乗り物」として話題になった電動立ち乗り二輪車「セグウェイ」の体験試乗が、人気を呼んでいるらしい。セグウェイにだけ乗りたい人のためのチケットも売り出した。
 セグウェイは小泉前首相がブッシュ米大統領から贈られたことでも知られる、1人乗りの充電式で、最高時速は約20キロ。ブレーキもアクセルもなく、体重を前や後ろに傾けることで走ったり止まったりする。曲がる時は体を横に倒すなど、簡単な操作で動く。
 かと思えば、徳島では三輪自転車を使ったベロ(自転車)タクシーが市内を走っている。飲料メーカーの新製品の発売キャンペーンの一環で、JR徳島駅と阿波おどり会館の間を卵形の自転車が人を運んでいる。
 ベロタクシーは、地球への優しさとのんびり感が受け、3〜4年前から観光地や大規模イベント会場内の移動用として注目されている。
 「無料走行中!」と書かれた旗をはためかせ、疾走している車両は5台。いわば昔の人力車だ。運転するのは大変だろうが、何も考えず、真面目に身体だけ酷使していりゃ生活ができる時代。人は逆に、今よりずっと豊かな日常を送っていたのではないだろうか。
 ストレスだ、公害だ、食べる物には気を付けろ、見知らぬ人とは口をきくな、なんぞと言われる、親子でも殺し合う世の中よりは。

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 「人目を気にせず、そんなこと!」      Tom

「人目を気にせず、パンツをおろして・・・」
 経済関連の記事を見ていて、こんな見出しに驚いた!な、何を言うんだ!?・・・と、目をよっく開いて見てみたら、
「トイレで胴回りを測りませんか」。何と、家庭紙メーカーが目盛り付きのトイレットペーパーを発売したという記事だった。
 今、話題になっているメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)に目をつけた新製品。人目を気にしないで、ウエスト周囲が測定できるトイレットペーパーで、1個30メートル。男性の「境目」の85センチごとに切れ目があり、1センチ単位の目盛りがふってあるそうだ。
 さらには、便座の上でできるメタボ予防体操などイラストも印刷されていて、脂肪燃焼を促す工夫も教えてくれる。
「朝、1人の空間で、生活習慣を反省してから一日を始めてみては」と同社はPRしているらしい。
 これも一興。スーパーで見つけたら、買ってみよう。

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 「変な地名」      Tom

 エロマンガ、スケベニンゲン、キンタマーニ――。いずれも海外の地名なのだが、わかっただろうか。中学か高校で、世界地図の中から地名の場所を探し出す遊びをしていて、変な地名を発見したことがある。
 すると、その後からは、こんな怪しい名前ばかり探し始めたものだ。
 世界の「珍名」所大集合(ankyo.at.infoseek.co.jp/chinmei.html)には、おおっぴらに書きづらいような地名がずらりと並んでいる。日本の地名も多い。一度、サイトをのぞいてみると面白いと思う。
 他にもありそうなサイトに思えるが、特徴は、運営する電機メーカー勤務の安居さんとう方が、その場所を実際に訪れ、探訪記を載せていることにある。
 最初は、96年に行ったオランダのスケベニンゲン。大学の友人と一緒に欧州旅行のついでに訪れたそうだ。
 翌年から珍地名にターゲットを絞ろうと決意。南太平洋のバヌアツにあるエロマンガ島を目指したが、飛行機の便が少なく、その時は断念した。
 代わりに目的地となったのは、オーストラリアの中央にあるエロマンガ。人口55人の石油採掘の街だという。ブリスベンから片道1000キロ強をとばし、約4時間滞在した。エロマンガ訪問の証拠となる看板や表示を探しながら、写真を撮って回ったとか。
 世の中には変わった趣味を持つ人もいるものだ。団塊の世代が、これからどっと世に溢れ出し、独自の趣味に生きる人もうんと多くなるだろう。
 この安居さんのように、テーマを決めて旅行をするのも面白い。できれば、固い役所や裁判所などに勤めていた人が、こんな馬鹿馬鹿しいテーマを選んでくれたら嬉しい。

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 「ライブと映画」      Tom

 ここ数年、映画は子供たちにせがまれて観に行くことが多い。ハリー・ポッターシリーズや、名探偵コナン。去年まではドラえもんも入っていたが、今年はもう観なくてもいいらしい。
「おぉ、息子も少しは成長したか」と思ったのだが、何でもマンガ本ですでに見たから映画で同じ物を観なくても良い、とのことだった。
 それにしても映画館では必ずと言っていいほど、居眠りをしてしまう。子供の付き合いで観るから仕方ないのかも知れないが、100発100中というべきか、連戦連敗というべきか、途中で必ず眠っているのだ。
 ハリー・ポッターなど、三作観に行ったが、真ん中の一番面白いところを、ほぼまったくと言っていいほど観ていない。グースカ寝てしまうのだ。
 ところが、先日来続けて、コンサートと芝居を観に行ったが、これがどちらも居眠りをまったくしなかった。どちらも小さな劇場だし、映画と違って生身の人間が歌い、演じているからだろうか。
 やはり生身の人間には、不思議と気を遣うんだなぁ、と感心していたが、よく考えるとアルコールの有る無しも関係しているのかもしれないと思い至った。
 最近の映画館は、シネマコンプレクッスタイプで、入り口でファーストフードの店のように、ポップコーンや飲み物を売っている。そこでいつでもビールを買って飲みながら(あるいは飲んでしまってから)映画を観るから寝てしまうのだ!
 コンサートも芝居も、酒を飲まずに観賞した。なるほど、酒のせいで寝ていたのかな?
 このことを確認するために、近い内にコンサートか芝居を、酒を飲んでから観にいかねばなるまい。

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 「古門前通り」      Tom

 京都祇園近くに、知恩院の総門(古門)から西に延びる、古門前通りと呼ばれる通りがある。一本南側にある新門前通と同じく、古美術品を扱う店が多く並ぶ一画だ。祇園の繁華街にも近いが、雰囲気はぐっと落ち着いている。
 伊万里の皿に茶道具、人形、ギャラリー。古着の振り袖を吊している店もあり、小物の店がある。
 外国人観光客の多い京都だが、この辺りは特に多い。それだけ古美術、骨董品が外国人に人気がある証拠だろう。逆に言えば、日本人の多くは古美術品などに興味はないといえるのか。
 和食も含めて、日本の文化はもはや外国人に守って貰わないと後世に残らないのではないかと心配になる。
 当然のように銭湯があり、近くの小学校の屋上には「太鼓望楼」という濃茶色のやぐらまで立っている。
 この通りの店を一軒一軒、ブラブラと覗いて回りたい。そんな時間がいとおしく思える。

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 「がんばれ地方自治」      Tom

 タレントのそのまんま東が、見事宮崎県知事選挙を制して、知事になった。戦前は、キワモノ扱いをしていた人がほとんどではなかったかと思うが、それだけ選挙民が他の候補者や政党に信頼感を持てなかったと言うことだろう。
 知事就任後、スグに降りかかってきた災難、鳥インフルエンザ問題も、彼にとっては追い風になったと思う。即座に現場に飛んで、テレビを通してイベントや政府への陳情のたびに宮崎の地鶏を食べて見せて安全をアピールする様子は、県民に好意を持って迎えられただろう。
 さらには、素人知事をいじめてやろうと手ぐすねを引いて待っていた県議会の連中も、肩すかしを食ったカッコウだし、これだけアピールされたらいじめもしにくくなる。これも彼が生まれ持っている強運というものだろう。
 2月に入れば、プロ野球各球団が一斉にキャンプインした。宮崎は、キャンプのメッカとして注目を浴びた時代があったが、海外での開催を経て沖縄でキャンプを開く球団が圧倒的に増えてきた。
 数少ない宮崎キャンプ球団であるジャイアンツの本拠、読売新聞東京本社を訪れ、渡辺会長、巨人の滝鼻オーナー、桃井球団社長に宮崎市での巨人キャンプ存続を訴えるなど、「宮崎のセールスマンになる」という公約を一つずつ実行している。
 県特産の地鶏とキンカンを手みやげに、「今後とも長いおつきあいを」とあいさつをした。
 来年、宮崎市での巨人キャンプは50周年を迎える。桃井球団社長は「そういう重みはよく知っている」と言いつつも「2月は(宮崎は)寒いですしね」。沖縄のキャンプ候補地の調査を進めている巨人の心に、新知事の熱意が通じるかどうか。
 パフォーマンスを意識する必要のある時期を過ぎたら、地方自治のあるべき姿を真剣に模索してほしいものだ。師匠たけしは総理大臣にしたい有名人のナンバーワンに名前の挙がる人。師匠の名を汚さぬよう、がんばってほしい。

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 「今どきの季節感」      Tom

 暖冬という言葉が、もうおかしく感じるほど異常気象が異常ではなく普通になってきたようだ。
 そんな中、日本一早い桜まつりが20日、沖縄本島北部にある本部町の八重岳で始まった。時折、小雨のぱらつくあいにくの天気だったが、多くの家族連れなどが訪れ、散策しながら眺めたり、記念撮影をしたりしていた。
 頂上までの4.3キロの並木道や周辺の山林に、約4000本のカンヒ(寒緋)ザクラが植えられている。ソメイヨシノより濃いピンクの花が特徴だ。
 寒暖の差が大きいほど早く咲き、暖冬の今年は昨年に比べて咲きが遅いという。2月上旬が最も見ごろで、町などで作る実行委員会は2月12日までのまつりの期間中、約20万人の人出を見込んでいるという。
 日本列島は南北に長い。南の沖縄で桜が咲いていても、北国では暖冬といえども雪に覆われている。各地でそれぞれに季節の風物詩が繰り広げられる。節分もその一つだが、何10年か前と比べると、その風景も変わってきた。その一つが、縁起のよい方向を向いて丸かぶりすると福が訪れるとされる「恵方巻き」。海苔業界か寿司業界の仕掛けであるようだが、すっかり定着したように思う。
 今年はさらに、フグや金箔を使った高級巻きずしに加えてデザートの「恵方巻き」変わり種も登場し、バレンタインデーに並ぶ節分商戦の主役になりつつあるそうだ。
 例えば、ココアスポンジをのりに、ホイップクリームを酢飯に見立てた「丸かぶりロールケーキ」や、7種類の果物をクレープで巻いたフルーツロールなどがコンビニで売り出される。
 和菓子の源吉兆庵は、ようかんや白あんをスポンジケーキとのりで巻いた「恵方巻き」を昨年の3倍以上の8千本生産、全国の百貨店など約100店で販売する。高島屋日本橋店も、マキシム・ド・パリのロールケーキ「恵方ロール」を限定60個扱うという。
 もう昔の節分のイメージとはガラリと違うモノになっていきそうだが、これが時代というものなのか。これからの人生は、世の変化に対処もし、自分の好む世界もきちんと持ち続けられる者のみが謳歌していけるようになるのだろうな。

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 「団塊が社会に戻る」      Tom

 めでたく年が明けて、団塊問題があれこれ取りざたされていた2007年がスタートした。これから、団塊世代のリタイア後の生活が、具体的に展開されていくのを見るのは楽しみでもある。
 一つの方向として取りざたされているのが、Iーターン、Uーターンなどで、農業従事者が増えるのではないかと言うことだ。民主党の菅直人氏も、団塊世代が退職後の第二の人生として農業に従事する道を探るなど、地方の活性化や人口減少対策として貢献する必要性を唱えているそうだ。
 国全体に人間がまんべんなく生活して、子どもを産んで育てられる、そういう日本が一つのイメージとして必要だと言う。そうではあろうが、富も権力も東京一極に集中させてきて、その責任者である自民党に長く在籍していた共犯者から「みんな地方に分散しろ」と言われても誰が「はい、そうですか」と従うだろうか。
 一通りのことをやり終えた団塊の世代だから、自分や親の出身地、あるいは興味の持てる地方に移り住んで農業に従事する者も出てくるだろう。いや、大いに出てきて貰いたい。
なにしろ、この国の農業は崩壊寸前で、食糧の自給率もどんどん下がってきた。
 昭和35年には85%もあった穀物自給率が、平成16年には28%にまで落ちている。
世界で見ると、寒冷地で高い山に囲まれたスイスや、国土が海面より低いオランダよりも下なのだから驚く。
 団塊世代の成長と反比例して、凋落の一途をたどってきた農林漁業を、何とか復活させる兆しだけでも見つけられる年になればと思う。人数も多く行動力もあり、パワフルな世代だけれど小難しい世代でもある。政治家は、上手に乗せて、煽っていく知恵をまず身につける必要があると思うがどうだろうか。

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 「イルカはおちおち眠れない」      Tom

 ハワイでは、野生のイルカを見るだけではなく一緒に泳ぐツアーが人気らしいが、イルカとの「異常接近」を規制する動きが出ているそうだ。イルカが入り江で休めなかったり、餌を与えることが問題になっているためだとか。
 米海洋大気局は、観光業者や自然保護団体などに問題点を説明し、湾内でのツアー制限などを検討しているというのだが、やれやれな話である。
 新聞記事によると、ハワイ諸島近海にいる小型のハシナガイルカは、夜間、沖合で魚やイカ、エビを食べ、日中静かな浅瀬で睡眠をとる。サメなど外敵の心配がない浅瀬は子育ての場でもあるのだが、そこにウオッチングツアー客が押しかけて来るのだ。ボートやカヤックで群れに近づいてきては、海中に潜って観察したりイルカに触れてみたり。
 現在はガイドラインで
(1)50ヤード(約45メートル)以上離れて観察する
(2)ボートなどで追ったり囲んだりしない
(3)一緒に泳いだり触れたりしない
などと決めてはいるが、必ずしも守られていないという。
 研究者らはイルカの眠りが妨げられ子育てに支障が出るほか、餌付けが深刻な影響を与えると警告している。
 イルカウオッチングは「癒やし効果」があるともいわれ人気上昇中で、日本人観光客も多い。ハワイには登録業者だけで20社以上ある。餌をやる悪質業者がいて、人慣れしたイルカが餌をねだって人間にかみ付き負傷させたこともあるそうだ。
「イルカを探し回らず、寄ってくるのを待つなど自主ルールを守らないと・・・」と関係者は話している。
「いやはや、日本人っていうヤツは困ったものだ」とイルカも思っているだろうか。

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 「日本人には日本の文化」      Tom

 関西ではもう年末の風物詩になった、神戸のルミナリエがこの週末から始まった。阪神淡路大震災の被害者の慰霊と復興を目指して始まったルミナリエも12回目を迎える。
 異国情緒溢れる港神戸だから、イタリア製のルミナリエも似合うのだろう。しかし、なぜ和風じゃいかんのか?と思ってしまう。
 その点、やはり京都は違う。嵯峨・嵐山一帯を約2600個の明かりで飾る「京都・嵐山花灯路(はなとうろ)」がルミナリエと同じ日に始まったが、あんどん、ぼんぼりをイメージした「竹林の小径」が幻想的に浮かび上がる。
 清水焼や北山杉などでつくった高さ30センチ前後の4種類のあんどんに電球を入れ、約5.2キロの沿道に置いた。周辺の小道が、ほのかな光に照らし出される風情は幻想的で素晴らしい。
 食べ物でも最近はカタカナ食材が幅をきかせているように思う。オーガニックサラダは、若い女性に人気があるらしい。ダイエットの味方ヨーグルトも強い人気がある。
 しかし、日本人はもともと穀物・菜食中心の食事をする民族で、オーガニックなんて当たり前だった。
 発酵食品ならヨーグルトにも負けない「ぬか漬け」がある。イカの塩辛、納豆、それにお隣の食材ではあるがキムチだって素晴らしい健康食品なのだ。
 だいいち、日本人には乳脂肪を分解する酵素が少なく、乳製品であるヨーグルトを頻繁に摂取していると、血行障害を起こす人だって少なくないのだ。
 世界中で日本食は、日本人が思う何10倍もの人気で取り入れられている。健康食の世界チャンピオンなのだ。もちろん、欧米の文化や食にも、素晴らしいものがあるだろう。今の生活に取り入れるのも、一向に構わない。しかし世界から敬意を持って見られている和食の国の民が、自分たちの良さに気づいていないのは本当に寂しい。

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 「築70年の民家にジャズ」      Tom

 ちょっとワケあり・・・ならいいんだけど、全然ワケなし、ただ単に昔から知っているホステスさんが、自分の店を出したというので飲みに行ってきた。
 小さな店だけど、しゃれた内装と女の子も充実しているからか、結構繁盛している。
 ボックス席が一杯だったのでカウンターに座って飲んでいると、ピアノ演奏が始まった。30代ぐらいの女性のピアニスト。アメリカ・ヨーロッパのポップスをあれこれ弾いてくれるのだが、みんな懐かしくて大好きな曲だった。
 まぁ、こんな店に来るのは親父が中心だから、ターゲットに合わせて選んだ曲だろうから、懐かしくて当然か。久々に、70年代〜80年代に戻って楽しい時間を過ごした。
 11月に横須賀で、築70年程になる民家を生かしたジャズライブが開催された。会場となった民家は戦前に建てられ、建築当時の梁などを残したまま改築されたとか。高い天井に梁がはられた昔懐かしい室内で、ジャズの音色が響き渡るのもいいものだ。
 会場となった民家のオーナーは、3年前に家を新築しようと、地元の増改築相談員を訪ねたところ、思いとどまるよう促されたという。
 その相談員は「昔の家は寒く、間取りも今の生活スタイルに合わないと言って新築する家庭が多いけれど、松の木を生かした昔風の梁などは、今ではなかなか出来ない貴重なもの」だからと、古い部分を残しながら改築することを薦めたとか。
 昨今、建築やリフォームというと、嘘や詐欺ばかりが蔓延しているような印象があるが、まっとうな相談員もいたのだなぁ。
 IT関連を中心に技術の進歩は目覚ましいものがある。しかし新しければすべて受け入れられるとは限らない。
 同様に、古いものを十把一絡げで評価するのは間違いである。いいものはいい。何年、何10年経っても、本物は人の心に響いてくるのだ。

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 「平手打ち51発の刑」      Tom

 世界遺産の「タージ・マハル」などがあり、日本人観光客に人気のあるインド北部ウッタルプラデシュ州の村で聴覚や言語に障害がある女性を暴行した男に対し、長老会議が「平手打ち51回」の罰を与えた。被害者の夫が警察に通報したが逮捕に至らなかったため、5人から成る長老会議で決定したのだそうだ。
 超法規的存在ともいえる長老会議は、双方の当事者から事情聴取。レイプ犯に下した判決は、平手打ち刑51回に加え、5000ルピー(約1万2980円)の罰金。「51回」の根拠、刑の執行者は明らかになっていないという。
 公平を期するのが難しいかとは思うけれど、法律以前に人を律するものがあり、それを守る長老たちがいるなんていいんじゃないのかなぁ。
 日本にも江戸時代には同様の制度があったけれど、相互監視の機能を果たしていただけに閉鎖的で後ろ向きな要素が強かったように思う。
 村長によれば、警察は被害者が事件の経緯を説明できず、捜査を進められなかったと説明。長老会議に逮捕権はなく、公衆の面前での平手打ちで恥を与える処罰が限界としている。
 地元署によると「捜査は続行中」だそうで、州の刑法で有罪が確定すれば死刑の可能性もあるのだそうだ。なんと死刑になる危険を犯してまで、レイプに及ぶとは。男の業というかなんというか、同類として言葉もない。

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 「ユーモア命」      Tom

 恋愛小説にユーモアエッセー、古典の翻案や評伝など田辺聖子さんの幅広い著作を集約した『田辺聖子全集』(全24巻・別巻1)が完結した。先月は東京・有楽町で記念のシンポジウムが開かれ、来月末には田辺さんの世界のエッセンスを集めたブックガイドも刊行される予定だ。この2年間、毎月自作を読み返し、解説を書き続けた田辺さんは、著作は単行本だけで250点以上になるため、全集には全作品の半分も収録できなかった、と言う。
「でも、これだけはというのは入った。小説では、心の癒やしや人生の慰めになるような作品を集めたつもり」と話していた。
 昔からあこがれの人。到底叶わないのは100も承知、200も合点だが、それでも目標とさせて貰いたい作家である。
 田辺さんは、時代を先取りする女性を常に小説に登場させてきた。芥川賞受賞作「感傷旅行(センチメンタル・ジャーニィ)」などの恋愛小説では、職業を持ち独身自立を楽しむ女性。中年世代を主人公にした家庭小説では、夫婦の役割に疑問を覚える主婦。「姥(うば)ざかり」シリーズでは、老いを満喫し、笑い飛ばすヒロインが活躍した。
 ヒロインはみな、自己を分析して賢く、職場や恋愛、家族というシビアな人間関係の中で前向きだ。「本当はひがみっぽくてひねくれているのに、快活に装ってるうちに実際に快活になったりしてね。その転換が人生の面白さ」と本人は自信の作品を分析する。
 深刻なテーマでも、どこかに笑いがあるのが田辺作品の特徴だ。自伝的小説「私の大阪八景」や、結婚対象世代の男たちが戦死したために働いて一家を支えた女の一生を描いた「おかあさん疲れたよ」など、戦争が庶民に与えた傷を描いた作品でもおかしみが随所にちりばめられている。
 多彩なアイデア、知識、筆力を縦横無尽に発揮する大先輩。生涯掛けても足下にも及ばないであろう先人の集大成完成を、巷の隅から喜びたい。

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 「子や孫に伝えたい物」      Tom

 新聞に、寝台車に乗り合わせた中年の、無神経な態度を非難する投書が載っていた。その人は帰省するときによく寝台列車を利用するらしい。寝ている間に移動ができるので、時間が節約できて便利だということだ。
 その夜、いつものようにカーテンを引いて個室状態にしたベッドに入り、手元の照明で本を読んでいると、隣の上下段から小さな話し声が聞こえてきた。声の感じやことばのやりとりから若い夫婦ではないようだ。
 「済まないけど水ちょうだい」「いいわよ。眠れないの?」。その後もお互いを思いやるようなひそひそ声が続いた。さらに深夜になって、こちらも話し声から中年の夫婦と思われる2人連れがバタバタと乗り込んできた。静かだった車内に傍若無人な声が響き渡った。プライベートな会話はその後もしばらく続き、車内はまるでどこかの家の茶の間のようになってしまった、というような話だった。
 この人は、「電車やバスの中で堂々と化粧する若い女性たちはどういう神経をしているのか」という年配者の嘆きを飽きるほど聞くが、寝台車内で声高にしゃべる夫婦だって似たようなものだ、と嘆く。
 昔から日本人は、男女ともに「公共」の感覚に乏しいと言われてきた。団塊の世代が定年を迎える2007年を控えて、企業などに彼らのノウハウをどう残していくかが問題になっている。広く社会全般に目を向けると、定年後も10年、20年と地域社会と関わっていくわけで、その中で、男女ともに後の世代の良きモデルとなることができるかどうか。自分たちの子や孫にどんな価値観や文化を残していくのか?団塊の世代の生き方の最後の仕上げとして問われているような気がする。

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 「酔いを覚まして」      Tom

 飲酒運転による事故の多発が社会問題になっているが、もうさめていると思って乗ったら飲酒検問で摘発された。こんな思いをするドライバーが少なくない。酒を飲んでから何時間たてば、運転への影響がなくなるのだろうか。
 5時間は酔いを覚まさなくてはいけないと聞いたことがあるが、これは5時間経てば大丈夫と言うことではないらしい。
 専門家によると、酒が強くてもアルコールの分解能力には関係なく、計算では、体重60キロの人が缶ビール1本飲めば、アルコールを分解するのに2時間かかるそうだ。
 ただ、個人差や飲酒の状況でも異なり、「深酒すれば24時間後も残る可能性はある」と力説する専門家もいるという。
 大阪市交通局は、昨年10月から市バスの全運転手の乗務前アルコール検査を始めた。8月末までに、延べ50人の運転手から、道路交通法(酒気帯び運転)の罰則対象の呼気1リットル中0.15ミリグラム以上が検出された。
 同局によると、同交通局の自主基準(同0.07ミリグラム)を超えたのは延べ118人。全員が前日に飲酒していた。
 同局は勤務8時間前の飲酒を禁じ、「ビール瓶1本で3時間」など一般的な目安を示していた。しかし、アルコール分解能力は個人差が大きいうえ、体調や薬の併用など状況にもよる。自分の適正量が分からず、導入当初に基準オーバーが続出。運転手からは「大丈夫だと思ったのに」と困惑の声が出たという。
 また、厳しい対策が求められる航空業界では、日本航空、全日本空輸が出発時刻の12時間前から飲酒を禁じている。
 朝から打ち合わせや顧客との面談があっても飲酒制限されない一般人は幸せだなぁ。

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 「人類みな同じ」      Tom

 愛知万博でずっと景気が良さそうな愛知県ではあるけれど、自動販売機荒らしの被害が全国一らしい。なぜなのかはわからない。
 それが、今年は激減しているとか。毎年3億〜4億円に上る被害額も、前年同時期の4分の1ほどになったそうだ。
 これは県警が進めてきた外国人組織や少年グループの摘発に加え、自販機業界も防犯対策を向上させており、官民の取り組みが功を奏した形らしい。
 窃盗団の捜査は、不法残留容疑である外国人の男を逮捕したのが発端で、愛知、岐阜、三重各県などで自販機荒らしに関わったメンバー16人を次々逮捕した。
 自販機がこれほど普及していて24時間戸外に設置されたままでいるのは、世界でも日本だけ。他の国なら間違いなく1週間以内に持って行かれるだろう。機械と商品と現金の3つが揃って「ハイどうぞ」ってな感じで置いてあるのだ。外国ではこれを持って行かない方がおかしい。
 それだけ日本が安全で、日本人が誠実である証拠なのだが、摘発されたメンバーの中には、日本人の協力者もいたという。
 一般的な民族性はあるだろうけれど、日本人だから、外国人だからと全てひとくくりにはできない。人間、国籍や皮膚の色にかかわらず、何事も個人次第なのだ。
 愚かな国粋主義者に、よ〜く心得ていてほしいものだ。

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 「いまどきのモラル」      Tom

 高校生向けの月刊紙「高校生新聞」というのがあるらしい。その新聞が、高校生のモラルや人生観に関するアンケート調査を行った。その結果によると、高校生の5割は友人との飲酒や、電車内で携帯電話を使用することを問題なしと容認しているそうだ。
 同紙編集部は「教師や親など身近な大人の行動の影響が大きいと推測される。手本となるしっかりした大人が減っている表れでは」と分析している。
 調査は7月、全国の高校1〜3年の6168人(うち女子3311人)を対象に実施したものだそうだ。
 なるほどなぁ、と大人の一人としてはそう言わざるを得ない。それほど、大人のモラルが低下している。そう思いませんか?
 先日、夜11時頃、始発駅で「携帯電話の電源OFF」車両に乗った。その電鉄会社では車両の先頭と最後尾の車両を「電源OFF」車両としている。
 席に座って、すぐに自分の携帯電話の電源を切った。
 だが隣に座っている50代とおぼしき男女が、ずっと携帯でメールをし続けている。
「もうすぐやめるかなぁ」と思っていたが、いつまでたっても止めようとしない。電車のドアが閉まり、発車してもまだ二人は携帯でメールをしていた。どうしても気になったので、小声で隣に居た女性に
「携帯電話OFF車両ですよ」
と囁いた。
 女性は「はい、わかってます」と答えた。一瞬の間があって、その隣にいた男性が、
「わかってるわい!何や偉そうに・・・お前何もんや?」
と絡んできた。酒を飲んでいるらしい。
「別に何者でもないですよ」
「何や偉そうに! そんな偉そうに言わんでもええやろ! 何者やお前!」
「携帯OFF車両やから座れてるんでしょ?そしたら携帯の電源は切りましょうよ」
「わかってるわい!何や偉そうに・・・」
 間に座っている女性が「酔ってますから」とか言って取りなそうとするけれど、かえって男は僕に向かって文句を言い続ける。周囲にも迷惑だからと思って、まぁまぁ・・・という感じで男が穏やかになるのを待っていた。
 その時、4,5人離れたところに座っていた30歳ぐらいの男性が、
「やかましい!お前が悪いんやろ!」
と怒鳴った。 
 僕は驚いたが、これでおっさんも静かになるかな、と期待した。
 ところが、そのおっさんは立ち上がって、30男の前へ行き、その男に食ってかかりだした。
 30男が座っている前に立って、男に向かって喧嘩を売るように偉そうに言っている。車内のみんながどうなることかと注目した。
 すると、偉そうに怒鳴った30男が、急にペコペコし始めた。それを見て50男はよけいに偉そうに30男を責め始めた。さらに卑屈になる30男。
 僕は、30男の情けなさにもガッカリしたが、ことの発端を作ったのは自分だと思って、席を立って50男を止めに行った。
「もうええやろ?」
「何がやねん、何を偉そうに言うとるんじゃ!」
50男は僕の方を見ることなく、ひたすら30男に因縁をつけている。
「良し、わかった、みんなに迷惑やから、次の駅で降りよう」
「良し、降りたろうやないか」
 お、しゃんと降りる気があるか、と思ったら、
「お前も降りろ!」
 30男に向かって言っている。
「この人は関係ないやろ・・・さぁ、降りよ、降りよ」
 次の駅に着いてドアが開いたので、強引にその男を電車から降ろした。
 50男も、30男も、「ええ加減にせえよ!」と言いたいほど、モラルも責任も無い大人が増えているのも事実なんだもんなぁ。
 高校生に、なんて言えばいいんだ?

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 「執事喫茶でアルバイト」      Tom

 秋葉原の昭和通り口にヨドバシカメラが進出して、周辺の雰囲気はガラリと変わった。というか、数年前から秋葉原がオタクの街からどんどん変身を遂げてきて、その集大成にヨドバシがあるのだろう。
 環境を変えた要素の一つが、「メイドカフェ」だろう。いかにも純で順な印象の女の子が、メイドになりきって客を迎える喫茶店のことだ。
 店に入ると、
「お帰りなさいませ、ご主人様」
なんて具合に出迎えられる。
 普段、女の子とうまく付き合えないアキバ族には天国のような店なのだが、もちろん名うてのナンパ師もメイドを目当てにこの街にやってくるようになった。
 そんなこんなで街の雰囲気が変わり、おしゃれな女の子もやって来始めた。すると、メイドカフェの変形で、ホストカフェなんてのが出てきて、今度は「執事カフェ」が現れた。
 メイドカフェの逆バージョン。タキシードに身を包んだ執事が、
「お帰りなさいませ、お嬢様。今日の乗馬はいかがでしたか?」
などと話しかけでもするのだろう。
 面白いなぁと思った直後、
「これなら、俺だってできるかもしれない」
と思い立った。
 執事なんだから、50,60の親父がやったって構わない。いや、むしろなまじな若造よりも、ある程度年齢のいった紳士の方が執事として値打ちがあるっていうもんだ。
 で、それなら俺だって「執事カフェ」でバイトができないこともない。紳士だとはいえないが、知識と教養を駆使して、執事ごっこで若い娘を楽しませることぐらいできるだろう。
 秋葉原へ出掛けることがあれば、一度覗いてみようかな。それで、それほどのギャップを感じなかったら、バイトに応募してみようか。

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 「久しぶりのニューヨーク」      Tom

 19年ぶりにニューヨークに行ってきた。取引先からの依頼に関連して、市場調査を兼ねてアメリカの現状を見てこようという旅だった。
 真剣に計算するまでは何とも思わなかったが、いざ知ってみると、大変なブランクではないかと、少々不安になった。
 19年と言えば、10年一昔と言った時代でも二昔に相当するブランクだ。今やIT関連の世界では、3年一昔と言える時代。19年ぶりは、浦島太郎の世界ではないのか。何かにつけて、時代遅れの人間になってはいないか、などと思いつつニューヨークに着いた。
 しかし来てみると、見知ったニューヨークが、そこにあった。一瞬の内に身も心も馴染んでいくのがわかり、まるで先月もここに来たような気にさえなった。
 とはいえ、やはり19年ぶりにニューヨークを見ると、些細なことかも知れないが、気がついたことがある。
 まずは、マンハッタンを歩いている人が多くなった。昔から、通りには多くの人が行き来していたが、さらに多くの人が「溢れている」という感じだ。
 それから、歩きながら煙草を吸っている人が、格段に多くなった。これは、ほとんどすべての建築物内で禁煙になっていることが原因なのだろう。
 それから、ニューヨーク名物、イエローキャブの色が少し濃くなった。勘違いかも知れないが、イエローよりオレンジの傾向が強くなったような気がする。
 そして、グラウンドゼロ。その場に行くことはできなかったが、エンパイアステートビルから見た景色の先に、貿易センタービルのツインタワーは見えなかった。

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 「メンタルトレーニング」      Tom

 「浪速の闘拳」亀田興毅が、苦戦をしながらも世界チャンピオンになった。何と言っても19歳、初めて臨んだ世界戦。しかも5キロ減量をして1階級下げての挑戦だった。日頃の実力が出せなくても、まったく不思議ではない。
 さらには、あの「ビッグマウス」である。あれだけ偉そうに「絶対勝つ」と広言して、相手をバカにしたような言動を繰り返す。それで負けたらどうするんだ・・・もう少し大人しくしておいた方が万一の時のために・・・などと考えるのは凡人の証拠であるらしい。
 亀田本人が意識してやっているかどうかは分からないが、メンタルトレーナーの専門家によると、大口をたたくことは自己暗示の一種で、いい効果をもたらすことが多いそうだ。
 人間は、思い込みが強いほど体が思った通りの反応を示す。練習でも「自分は素晴らしい選手だ」と思い込むのと「自分は能力が足りない」と思って取り組むのでは、伸びに差が出るとか。
 そうすると、子供を叱りすぎるのも問題だ「自分はだめなんだ」と思いこませてしまう。子供はすぐ天狗になるので程度が難しいが、「お前はすごい、エライ、成長した!」などと誉めて自信を持たせることが大切なのだろう。
 亀田の場合、「今日の試合はもらった」などと話すことで、メディアを通じてファンに「そうか、次の試合はあいつが勝つんだ」と思い込ませる。そうすれば、亀田の例に象徴されるように、試合当日の会場の雰囲気を味方につけることもできるそうだ。
 ただ、このビッグマウスにもいくつか注意点がある。 話す内容があまりに荒唐無稽(こうとうむけい)だと、周囲が「そんなことを言っても無理」と判断して、むしろマイナスになる。実現するかどうか半々くらいのことや、基準としている記録の「10%増し」ぐらいのことを口にするのがちょうどいいそうだ。
 ごく自然に、何の根拠もなく大口を叩く癖のある身としては、しっかり肝に銘じておきたいものだ。

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 「ロハスな暮らし」      Tom

 数年前から「ロハスな暮らし」っていうのをテレビや雑誌で良く見かける。スローライフだエコライフだと、内容を良く理解もせずに企業のイメージアップに使う連中が多いので、真剣に注目する人が少ないかも知れないが、果たしてどんなものだろうか?一度自分なりに検証してみてはどうだろうか?
 LOHAS= Lifestyles of Health and Sustainability の頭文字をとった略語で、健康と環境、持続可能な社会生活を心がける生活スタイルのこと。1990年代の後半にアメリカの中西部、コロラド州ボルダー周辺で生まれた新しいビジネス・コンセプトである。
 ボルダー周辺には、地球環境問題や農薬汚染の問題に危機意識を持ち、これまでと違う生き方や事業を始めた人たちが誕生した。
 国の政策と地球環境の持続性に危機感を持つ、社会企業家やクリエイティブな人たちがビジネスを通じて新しいパラダイムの創造を志した、これがLOHASの源流だそうだ。
 日本では、2004年後半からマスメディアに頻繁に登場するようになり、雑誌「ソトコト」や女性ファッション誌に最近では環境誌にも登場するようになり、日本では40%の人がLOHASを知っているといわれているが、実際にはどうだろうか?
 社会学者のポール・レイとシェリー・アンダーソンは、「カルチュアル・クリエイティブ」でLOHASな価値観を持った人々が全米人口の26%にあたる5000万人存在し、その消費市場も30兆円にのぼることも発表した。 「カルチュアル・クリエイティブ」とはエコロジーや地球環境、平和、社会正義、自己実現、そして自己表現に深い関心を寄せる人々のことを言う。
 海外では、LOHASはオーガニック農業の発展、振興で顕著なのだが、残念ながら日本ではオーガニック農業に貢献することなく、消費者に受け入れられているとはいえないのが現状だ。むしろ、ファッションや自然化粧品、はやりモノ的に扱われている面もあり、広告・宣伝活動の道具として使われているところが問題だ。広告業界に生きる一人として、深刻に受け止めたい事象ではある。

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 「2千万円文学賞」      Tom

 懸賞公募への投稿がブームである。というより、ブームのような一過性の物ではなく、すでに社会で広く認知され、定着してきた感がある。何しろ公募を紹介する専門雑誌があり、結構な人気で売れているのだから。
 その雑誌を見てみると、交通安全、火災予防などの標語やネーミング、キャラクターデザインなどから、小説、エッセイ、絵画、写真などなど、多くのジャンルに分かれていて、簡単そうなのはハガキ1枚で投稿できて、優秀賞には記念品や何かの品物がもらえるというもの。
 さらに、数千円、1万円から10万、20万円の現金がもらえる公募も世の中にはいっぱいある。
 そして、もはやアマチュアとは呼べないような500万円、1000万円という賞金がもらえる小説やテレビドラマの原作などまで実に幅広い公募が行われている。
 そこへ、何と大賞2000万円という文芸作品の公募新人賞が現れた。
「売れる」エンターテインメント作家を発掘するため、大手出版社も既存の賞の賞金をじわじわと上げている。出版界は突出したベストセラーと、重版のかからない大多数の本という「一強多弱」状態が続いているそうだ。
 低迷していると行ってもよい状況の出版業界にあって、果たして高額賞金はベストセラー作家を生み育てることができるのだろうか。
 本来は、新人賞受賞後の作家をどう育てるか、編集者の力量が問われるところだが、修行や養成なんてまだるっこしい。てっとり早く高額賞金で才能を発掘しちゃえ、というどの業界にもありがちな考えなのだろうか。
 いずれにしても、2000万円の魅力というのは厳然としてある。あることはあるのだが、自分も何か書いて応募してみようか、と思うよりも先に、審査員も大変だろうなぁと同情してしまう。

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 「またまた団塊のこと」      Tom

 少し前にも団塊の世代について触れたが、今度は朝日新聞が団塊・ビートルズ世代を対象に「どらく」というサイトを立ち上げた。「Do楽」とも書くらしい。「楽しよう」、もしくは「道楽」と掛けた造語だろう。
 チラッとサイトを覗いてみると、森永卓郎さんが、10歳ほど年下の彼らにとって団塊の世代は憧れだったと書いている。
 団塊の世代のライフスタイルは、それまでの世代とは完全に異なっていたそうだ。長髪にジーンズ。ビートルズを聴いて、ペアルック着て友達夫婦を演じる。
 ふーん、そんな風に見てたのか・・・あの頃は、みんなそうだったから何とも思わなかったけど、団塊の世代だけがみんなじゃないんだよな。その前後の世代のことを斟酌せず、自分たち=国民全員、みたいな勘違いをしているのが団塊の世代であるとも言えるのか。 さらに、全共闘での活躍。ゲバ棒を持ち、石と火炎瓶を投げ、放水と催涙ガスにも負けずに権力に立ち向かった姿は美しかったとか。
 ところが、最近の団塊の世代は当時の輝きを失ってしまったと森永さんは嘆く。
就職し、権力に従順になり、最近ではハゲタカ資本主義の肩を持つ発言までしていると。
 そして、団塊の世代が定年退職をし、会社という足かせから開放されたら、もう一度あの頃のような輝きを取り戻してほしいそうだ。聞いてるか?そこの団塊。
 それから、マリ・クリスティーヌさんは、定年後にも「今日より明日がもっとすてきになる」ように、同じ日を漠然と送ったり、じっとしていたりしてはだめ!と可愛くお叱りおきくださっている。
「自分から動く」ことから始めてはどうかと勧めて下さっている。大きな動きでなくても、ちびちびした動きが、ライフスタイルを豊かにするそうだ。
 みんな大変心配して下さっているのだが、はてさて、どんな具合になりますのやら。少なくとも、若い世代のお荷物にならないように。みんなで気を付けねばな。

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 「テストをテストするテスト」      Tom

 これまでの人生で、何度もテストを受けてきた。言い換えれば、いろんな場所で、いろんな目的のために、人様から試されてきたわけだ。
 誰でもテストを受けた経験はあるもので、ある意味、身近なことではあるけれど、その目的次第では、結果にその後の人生が掛かっている、なんてこともあったりして、一喜一憂、様々なドラマを生み出すことになる。テストの問題や採点は、間違いなく、公平になされているのか?せめてそこだけはきちんとしてほしいものだが、大学入試センター試験のミスは記憶に新しい。
 「60点以上は合格」と決められたテストで、問題の水準が例年より極端に難しいために合格者の数が大幅に少なくなることもある。
 そこで、実施する側が自由に作ってきたテストに何らかの基準を作り、「不公平」をなくせないか。そんなテストをテストする試みが進んでいるそうだ。
 日本テスト学会。3年前、テストを研究する大学教授や大手進学塾の日能研、民間研究機関の教育測定研究所のメンバーらが作った。
 昨年3月、学会メンバーが議論の末にまとめた条項では、「開発と頒布」「実施と採点」など4段階に分けて、それぞれ守るべきルールや注意すべきポイントなどを示している。対象は学力だけに限らず、人の心理や仕事の適性を調べるものもすべて含む。来年には、テストの種類ごとに、さらに具体的な指標を示す「ガイドライン」を完成させるとか。
 同学会によると、日本では、大学入試センター試験など一部を除き、テストのあり方が問題にされるのはまれという。一方で、「不公平」を感じる例は多くの人が経験しているはずと指摘するが、その大半は「自分が不合格ってのは納得いかない」ってところじゃないのかな。
 テストをテストする機関にテストされて、だめ出しされたテスト関係者は、どんな気持ちになるのだろうか?テストされる者の身になってみることが、大きな収穫になるのかもしれない。

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 「昔ながらの講釈場」      Tom

 先週、このエッセイで落語家になりたいと書いたけれど、講釈というのも捨てがたい魅力がある。落語に比べると笑いの比率がうんと少なかったり、また、あまりにも立て板に水の如くに語らないといけないなどの理由で自分には向いていないが、聞いてみると大変面白いことは落語となんら変わりはない。
 それどころか、講釈ファンからすれば、落語と比べるなよ!とお叱りを頂戴するだろうほど、優れた演芸であることは間違いない。
 その長編講談を、連続ドラマのように語る「続き読み」の講釈場が、大阪に7月の1カ月間限定ではあるけれど、六十数年ぶりに復活するそうだ。その名も「講談・文月(ふみづき)毎日亭」。
「かつての講釈場の雰囲気を再現したい」と、旭堂南海(きょくどう・なんかい)さんが、大坂冬夏の陣を豊臣側から描いた上方講談の代表作「難波戦記」を31回かけて読むという。
 南海さんは42歳。この世界では、まだまだ中堅と言ったところだろうか。その彼が、講釈復興への熱い思いをぶつけて実現するイベントなのだ。
 場所は大阪市中央区谷町6丁目の直木三十五記念館。こんなところに、直木賞の元となった三十五の記念館があることさえ知らなかったが、9畳の座敷とわずかの土間に高座をしつらえるとのこと。
 詰めて40人がやっと入る広さだが、江戸から明治・大正期にかけて大阪の町々にあった講釈場の大半はこの規模だったらしい。
 娯楽の少ない当時、「難波戦記」や「太閤記」「赤穂義士伝」などの長編を講談師が連日語って庶民の人気を集めたことは、今の想像を絶するほどだった。
 このような、日本の古き良き文化に触れる機会をもっともっと増やして、後世の日本人にも伝えたい。
 小学唱歌も、わらべ歌も、昔ながらのおもちゃや遊びも、みんなきちんと、伝えて教えて残したい。
 最近、富にそんな思いに駆り立てられるのは、年をとったせいだろうか。

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 「落語家になりたい」      Tom

 未だに、タレントになりたいと真剣に思っている。タレントになって、テレビに出て、ただしゃべって一日終了。そんな暮らしに憧れる。とにかく、人前でしゃべるだけで済む仕事がいいなと思う。
 そのために、まずは話題になるような本を書いて、テレビにコメンテーターとして出るようになって、後援会やなんかで稼ぐ道を考えているのだが、その心理の大本を考えると、芸人指向があるのかもしれない。
 というのも、お笑い芸人の世界が大好きで、落語家になれば良かった、などと思うことがあるからだ。
 もちろん落語を聞くのも大好きだが、10代のヒヨッコ弟子の頃からずっと何10年も一緒にいるような、すべてを見せ合ってきたような先輩後輩の世界をうらやましく思う。
 いま少しゆとりがあれば、誰か落語家さんに弟子入りをしてみたいと思う。この年からプロというのは無理だろうから、社会人弟子として、落語のネタや話し方を教えて貰う弟子になるのだ。
 この世界は半日早く入っても兄弟子だとか。18,19の子達をつかまえて「兄さん、兄さん」なんて言ってみたい。
 昔は「芸人になりたい」なんて言ったら親から勘当されたりもしたそうだが、勘当されたくても親もいなくなった。団塊の世代の定年以後、第二の人生としては、落語家も悪くないと思う。

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